Romergo 開発の舞台裏
終わらない修正から小さな撮影現場へ:物語の生成を学びながら
前回の記事では、原文から遊べるビジュアルノベルを作るまでに、なぜ一連の工程が必要なのかを書きました。事実を守り、キャラクターを準備し、シーンを組み立て、最後にプレイヤーが実際に見るものを確かめる工程です。
それ以来、仕組みはさらに複雑になりました。AI に立派な名前をいくつも付けたかったからではありません。物語を作るうちに、厄介な問題に何度もぶつかったからです。良い画像を少し良くしようとして、その良さを失うのは簡単なのです。
まず手を直してもらい、次に消えた服を戻し、それから余分な脚を消す。ええ、本当にあるんです。そうしているうちに顔が変わり、影が濃くなり、すっきりしていた背景が濁っていることに気付きます。
一部分を直しているつもりでも、画像全体は変わり続けます。そして認めざるを得なくなります。五つ前のバージョンのほうが良かった、と。
画像を直すことと、画像を保つことは違う
特につらいのは、変更の積み重ねです。画像 A から B を作り、B から C を作り、その先も試行を重ねる。新しい版は、意図した修正だけでなく、それまでにひそかに変わったものも引き継ぎます。
私の生成では、顔が「溶ける」、影が重くなる、表面に不自然な模様が出る、小さな特徴が消える、といったことがありました。次の画像が必ず悪くなるわけではありません。ただ、修正が長く連なるほど、元の姿から離れる機会が増えていました。
人間には「ほかはそのままで、頭だけ向きを変えて」が自然に通じます。キャラクターや部屋を理解し、もう一度言われなくても上着は着たままだと考えます。でも生成器とは、その前提を明示的に共有しなければなりません。もっともらしい新しい画像を作りながら、当然守られると思ったものを壊すことがあるからです。
つまり、仕事のかなりの部分は AI との意思疎通の練習です。ときには文字どおり、三本目の脚はやっぱり要らないと説明しています。
GENERAL:戻れる場所を用意する
最初の対策が GENERAL です。キャラクター、場所、物の、承認済み基準画像を用意します。できるだけ中立的で、変わらない特徴がよく見え、特定の場面だけに属する要素が少ないものです。
そこからは「直前の修正版 → 次の修正版」という無限の連鎖を避けます。新しい状態は GENERAL を出発点に、その時点で起こるべきことを加味して作ります。
シーンを修正するときには、三つの手掛かりを使えます。
- GENERAL がキャラクターや場所の基本の姿を定める。
- 前の画像が、残したいポーズ、構図、状態の参考になる。
- 完全な要件が、今回の修正も含めた到達点を記述する。
前の版は補助的な参考のままです。積み重なった間違いごと、いつの間にか新しい基準になってはいけません。

*実際の生成結果の比較ではなく、考え方を示した図です。GENERAL は安定した参照点ですが、すべての画素が変わらない保証ではありません。*
生成器の間違いを魔法でなくすことはできません。それでも「崩れ始めたらどこに戻るか」には明確な答えができました。修正の目的も、直近の失敗作を編集することから、同じキャラクターで必要なシーンを作ることへ変わります。
Render Eye:世界にあるものと、画面に見えるもの
次の問題はもう少し繊細でした。キャラクターの設定には上着、手袋、ベルト、ブーツが詳しく書かれているとします。でも今のショットは腰から上で、片手は背中にあり、体の一部をドアが隠しています。
何を描くべきで、何を隠すべきでしょうか。手袋が見えないのは隠れているからなのか、それとも描き忘れなのか。
そのために開発しているのが Render Eye です。生成前に要件を準備し、生成後に画像を確認する、二つの仕事を持ちます。
まず物語の設定資料を参照し、保存されたキャラクター、場所、物、その状態を読みます。そしてカメラ位置、動き、プレイヤーの注意を向けたい場所という演出と照合します。
重要な細部ごとに、全部見える、一部見える、ほかの物に隠れる、画面外にある、を決めます。手が背中にあるからといって、世界から手袋が消えるわけではありません。その角度からは確認できないだけです。

こうして、その一枚に対する具体的な指示ができます。「廊下の主人公」だけでなく、「この主人公、この服、この視点、見えるべき細部」です。シーンの理解に欠かせない物を、うっかり画面の外に隠してはいけません。
生成後、Render Eye は同じ指示に戻り、服、物、人物の配置を確認します。人体の構造や画像の乱れも別に確認します。間違いや不確実な点が見つかれば修正に戻します。消えた上着を受け入れ、最初からなかったことにして設定を書き換えてはいけません。
ただし、架空の超能力を与えるつもりはありません。画像を見るのは AI で、見落としもあります。確認を必須にすることで工程は堅実になりますが、視覚モデルが絶対に間違えない観察者になるわけではありません。
演出監督:なぜ、このショットが必要なのか
服も顔も正しく、全員が適切な位置にいても、シーンは退屈になり得ます。
物語は、何が置かれているかだけではありません。プレイヤーがいつ気付き、どの台詞が先に来て、反応にどれだけ時間を与え、その瞬間に何が聞こえるかが大切です。
そこで演出監督という役割を分けました。台詞と反応の順序、人物の登場、照明、色、音楽、効果音、間、画面上のインターフェース配置を、シーンに近いところで考えます。原文は最初に一度読む説明書ではなく、制作中ずっと参照する資料です。
たとえば「ドアの向こうで足音がした」という架空の一文。
ドアを見せて文章を出すだけでも表現できます。あるいは先に音楽を消し、静かな室内音を残し、画面外から足音を聞かせ、人物の反応に間を置いてから会話を続けられます。原文が訪問者をまだ明かしていないなら、カメラがおせっかいに姿を見せるべきではありません。
同じ廊下でも、ミステリーなら手掛かりへ、恋愛なら再会への期待へ注意を向けるかもしれません。その違いを生むのは具体的な判断です。指示に「雰囲気:ホラー」と足すだけでは足りません。
演出監督は判断を演出計画に保存します。原作の事実と解釈は区別します。冷たい光は表現上の選択ですが、新しい追跡者を登場させれば出来事が変わります。
ゲームならではの難しさもあります。読む速さは人それぞれです。台詞の前の間と、読み終わるまで待つことは別です。美しい四秒間を設計して、六秒必要な人の文章を閉じるわけにはいきません。
単調なシーンを、効果の機械的な詰め合わせに置き換えたいわけでもありません。静止画と単純なカット、音楽なしが正解のときもあります。手法には目的が必要です。
品質監督:狙ったものができたか
「演出監督」と「品質監督」は似た名前ですが、責任を分けています。演出監督はシーンを設計し、品質監督は結果を確認します。
原文と演出計画を、実際のゲームに入ったものと照合します。きれいな一枚ずつではなく、完成した一連の場面を見ます。
インターフェースが重要な物を隠していないか。台詞が変わったとき、聞いている人物が消えていないか。前の部屋の音楽が残っていないか。スマートフォンで構図が崩れていないか。照明や間、音で伝えたかった調子が届いているか。
有用な確認には、問題をどこに返すかという判断も必要です。画像内部の欠陥なら生成へ。良い人物画像の画面上の位置が悪いなら組み立てを直す。音の開始が早すぎても、背景を描き直す必要はありません。

*図の Director は演出監督、QA は品質監督です。簡略図ですが、組み立てや最終確認でも原文を参照します。戻り矢印は該当工程の修正であり、必ずしも全作業のやり直しではありません。*
人も生成器の見張りを続けなくていい
画像が早く届くようになっても、注意を切り替え続ける負担は残ります。チャットを開き、一枚見て、コメントし、自分の作業に戻る。数分後にまた繰り返す。
そこで取り組んでいるのが GENERAL のまとめての確認です。独立した基準画像を先に準備し、ひとまとまりで人に見せます。一緒に見ることで不一致に気付きやすく、共通の意見も個別の意見も伝えられます。
その後は必要な画像だけを直します。一回の失敗で承認済み画像を失ってはいけません。ただし依存関係は守ります。次の画像が未承認の基準を必要とするなら、まずその基準を解決します。
生成器自体を何倍も速くするという約束ではありません。私には、次の確認のために手元の仕事を中断する回数を減らすことが重要です。
巨大な指示一つから、小さな撮影チームへ
結局、本当に小さな AI 撮影チームを作ろうとしています。記述された世界、基準画像、演出、画像制作、組み立て、品質管理があります。
これはエージェントの作業工程における責任分担です。各役割に、常時動く独立した AI がすでにあるという意味ではありません。判断が保存され、要件を後付けで変えず、修正のたびに再確認すべきものが分かることが大切です。
新しい工程には、すでにツールと保存できる計画があります。次は本物の長い章で試す段階です。物語を通して、人物、雰囲気、作り手の集中をどれほど守れるでしょうか。
最終目標は、大きな本を持ち込み、章を選び、順番に遊べるクエストへ変えることです。途中で止まり、確認し、大切な点を直し、止めた場所から続けられるように。
物語の生成は「良いプロンプトを書く」よりずっと難しいものでした。でも今は、その難しさを具体的な仕事に分けられます。安定した参照が必要なときも、丁寧な読解が必要なときも、台詞の前の静けさが必要なときもある。そして今でも、人が見て「いや、ここは信じられない」と言う必要がある場面もあります。